震災から3年7ヶ月、今の鹿折地区〜海の市〜co-ba気仙沼【気仙沼ミニ探訪】

気仙沼ミニ探訪
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震災から3年7ヶ月。

私の人生は震災前と震災後では大きく変わりました。もし、震災が無ければ今もただ目の前のことに追われ、自分の人生を生きるということができずにいたかもしれません。

 

では、地元気仙沼はどうなっているのか。久しぶりに気仙沼に少しの間(10月4、5日)だけ帰省し、気になったところを見てきました。

 

 

気仙沼の玄関口で素敵な出会い

いつもは一ノ関経由で新幹線使って帰るところを、今回はバスを使って帰りました。

トイレ休憩で立ち寄った新月パーキングエリアにて、素敵な出会いがありました!

 

初めて知りましたが、毎週土曜日は新月軽トラ市が開催されていて、近くに住んでいるであろう農家のおんちゃん、おばちゃんたちが自家製の朝採れ新鮮野菜を売っていたり、ミニ朝市みたいになっていました。

気仙沼軽トラ市

 

そんなものが開催されているとは知らなかった私は、他のバス乗客者が見向きもしない中、近寄っていったところ、人懐っこく話しかけてくる人が・・・。

ドイツからボランティアでやってきてワンボックスカーでコーヒーを無料で提供して回っているのだとか。

写真を撮ってくれた気のいいジャーマンな紳士は、めっちゃ日本語ペラペラで、すごく良い人たちでした。

気仙沼にいつき軽トラ市ドイツからボランティア

 

 

母の車で共徳丸があった鹿折地区へ

バスを降り、実家へ荷物を置いた私は、母の車を借りて鹿折地区へ。

というのも復幸マルシェが土地かさ上げ工事のために、再び場所を引っ越したということでどこに移ったのかを見に行ってみました。

以前第18共栄丸が打ち上げられていた場所に出来た高台が近くにあります。

共徳丸があった場所の高台

 

下から見上げると、震災時どこまで津波の高さがあったのかよくわかる。自然の力にゃ人智が及ばぬよと改めて実感させられます。

気仙沼鹿折地区高台

 

高台の上から見える風景。かさ上げの工事が至る場所で繰り広げられています。

気仙沼鹿折地区かさ上げ

 

高台の上には今後の工事や鹿折地区についての情報が記載されたボードがいくつか設置されていました。

気仙沼鹿折地区高台上① 気仙沼鹿折地区高台上⑤

 

気仙沼鹿折地区高台上② 気仙沼鹿折地区高台上③ 気仙沼鹿折地区高台上④

 

高台の上から下を見下ろすと、こんな感じ。これでかなりの高さがあるって伝わるかな。でも、実際に足を運んで見て体感してほしいです。

気仙沼鹿折地区高台から下

 

 移動前の復幸マルシェがあった場所の方向。写真中央からちょい左下にある白っぽい建物がそうなのかな。

気仙沼鹿折地区旧復興マルシェ

 

 

移転した復幸マルシェの看板発見。

気仙沼鹿折地区復幸マルシェ看板

 

復幸マルシェ、いろんなお店が入っていましたが、土曜日だからなのか人があまり居なくてちょっと寂しい感じだった(TーT)

気仙沼鹿折地区復幸マルシェ

もっと時間を取れたらゆっくりお店で買い物ってできたかもだけど、海の市がある魚市場前方面へ移動。

 

 

震災時のニュース映像にもあった場所から

旧河北新報の社屋(現気仙沼中央公民館)が見える高台からの映像は震災時もニュースで流れていたと思いますが、現在はこんな感じでした。

気仙沼魚市場前高台から

どこもかしこもかさ上げ工事まっただ中です。また大きな津波が来たら全部もってかれちゃうんじゃ?って、素人な私は思うのですが、その辺はどうなんだろう。

 

 

出来たて海の市へ

小腹を満たすために海の市へ。

気仙沼海の市

 

ホヤぼーやの看板がお出迎えしてくれます。かわいいよ、ホヤぼーや!

気仙沼海の市ホヤぼーや

 

海の市の中で、ちびっ子たちが書いたと思われる沢山のベクシー(気仙沼観光タクシー)のデザイン画が飾ってありました。

気仙沼海の市ベクシー 

 

気仙沼に着いた時、気仙沼駅前でやたら派手なタクシーがあるなぁって思っていたら、このベクシーの車だったのね。これはクマノミかな。何も無くなってしまった気仙沼の街並みの中でめっちゃ映えるな、このベクシー。他にも複数のデザインがあるみたいです。

ベクシーBEXI

 

海の市をざっと見ていると、ちょっとかわいいロゴのお店がありました!人魚がモチーフなのかな。真ん中の魚が好き。

気仙沼海の市Mermaid Style

 

そのお店で、さんまが旬だったのでさんまメニューに注目。

気仙沼海の市Mermaid Styleメニュー

 

地元民(私の両親)でも食べたことの無いさんま串焼きがめっちゃ気になったのだけど、そこまでガッツリ食べられない感いっぱいだったので、さんまコロッケをゲット!

気仙沼海の市さんまコロッケ

 

牛肉コロッケより私はさんまコロッケがいいな。割とあっさりしているのに、一個で満足な大きさもちょうどよしでした。

 

海の市二階にはシャークミュージアムもありますが、時間の関係上今回は見送りました。

同じフロアに観光案内のスペースがあって、巨大なタブレットで市内の情報を見ることができます。ここでもかわいいホヤぼーやがナビを務めてくれます。働き者だ、ホヤぼーや!

気仙沼海の市巨大タブレット

 

海の市で時間が過ぎ、気仙沼・南三陸未来創造フォーラムへ参加するため、いったん気仙沼中央公民館へ移動。

気仙沼・南三陸未来創造フォーラム感想はこちら▼

ポピンズ中村紀子社長の軌跡に学ぶ時代を変えるリーダーの本質とは?【気仙沼・南三陸未来創造フォーラム】感想

 

 

気仙沼復興商店街・南町紫市場での出会い

先日出来たというコワーキングスペース、co-ba気仙沼を確認すべく南町紫市場へ。

気仙沼南町紫市場

 

co-ba気仙沼、土曜日は開いてないだろうって思ったけど、ラッキーなことに開放されてました!代表の方は不在でしたが、co-ba気仙沼について説明してもらえました。

co-ba気仙沼外観① co-ba気仙沼外観②

 

壁の黒板に書かれたイラストとメッセージが手作り感もあっていい感じ。

co-ba気仙沼内観①

 

もし私が自分で利用するなら、大きなプロジェクトを進めるより、少人数でやる場合にいい距離感でミーティングできそうな感じがしました。

co-ba気仙沼内観②

 

壁一面にある一個一個のボックスに一人一人の想いを詰めていくようなイメージが湧きました。

co-ba気仙沼内観③

 

飾られていたco-ba気仙沼の計画案、この図見るとこのスペース自体面白いカタチしてるのがわかります。

co-ba気仙沼内観④

 

こういうのに人の想いやふれあいが見て取れて、私は好きだな。

co-ba気仙沼内観⑤

 

co-ba気仙沼への入居者はまだまだこれからという感じでしたが、地元の方を招いたイベントを開催するそうで、気仙沼内外の人たちが交流できる場になっていけばいいなって思いました。

私も早く気仙沼と関わる仕事を作って、是非活用したいな。

ドロップインが1000円なので、気仙沼へ出張の方などご利用いただければなと。

 

 

そして、co-ba気仙沼の隣にはキャンドルがいっぱいのともしびプロジェクトキャンドル工房がありました。工房に女性がお二方いらっしゃいましたが、どちらも地元出身の女性でなんかほんわか嬉しい気持ちになりました。

気仙沼ともしびプロジェクトキャンドル工房①

 

ワークショップも開催されているようで、自分でキャンドルを作ることもできるみたいです。

私個人は、ホヤぼーやのキャンドルがいいなぁ〜。ここでも私はホヤぼーや推しですから(笑) 

気仙沼ともしびプロジェクトキャンドル工房②

 

こちらはキーホルダー。陸前高田市のかたつむりで製作している瓦:ReKEY HOLDERとともしびプロジェクトのコラボ商品。いつも持ち歩けるものを見ることで、東日本大震災を忘れない。

気仙沼ともしびプロジェクトキャンドル工房③

 

土曜日だからなのか、普段の平日もそうなのかわかりませんが、とにかく人が居なくって寂しい(T-T)

両親にその話をしたところ、父が「だぁれ、気仙沼は人いねーんだ。」って言ってた。

 

人居ない問題を言い出すと、仕事が無いから人が出て行くって話になるけど、仕事が無いなら作れば良いじゃないって話になるので、近い将来的には地元で事業展開して人を雇えるようになることが地元への貢献と考えています。

 

 

締め括りは大好きなばあちゃんのお家へ、そして気づいたこと

前は実家に帰ることが嫌でした。というのも、やれ結婚だ、やれ子ども作れといろいろ言われるのが嫌だったから。

でも、今思えばそれは私によかれと思っていってくれるありがたい言葉。それが昔はわからなかった私。

 

今回、気仙沼に帰省したことによって、目に見えていたのにわかっていなかったことに、たくさん気づくことが出来ました。それは私自身が変わったからだと確信してます。

 

酔っぱらうと声が大きくなって、普段より饒舌になる父。
昔はウザいなーって思い、その場に一緒に居ることをやめて、自分の部屋に行くということをしていました。
大好きなお酒を飲んで、私と喋りたいんだなって感じたし、実家に帰ってきたことが嬉しいからなんだなと、そう思えるようになった。

 

母からいろんなことを聞かれるのも、自分が信用してもらえてないって思ってた。
心配してくれてるんだということ。そして、本当は一番聞きたいこと、言いたいことを口には出さないでいてくれてることが、母からの応援であり、思いやりだと感じた。

 

震災のとき、病院に行くことが出来なかった叔父叔母の代わりに、病院で薬を処方してもらったことがあった。一番大変な時にそばに居て手伝うってことをやらなかった私なのにも関わらず、昨日薬を届けたかのごとく、叔母から「ありがとうねー」って言われた。この言葉のありがたさと温かさに、心が震えた。

 

私の大切な大好きな人たちは昔から変わらず私の支えになってくれていて、応援してくれて、心配をしてくれてる。私がどういう状況にあっても。昔からあったかい愛情でいっぱいの人たちなのに、私はそれに気づいていない、いや見ようとしていなかったのか、かつての自分がすごく浅はかで愚かだったんだなって。

 

でも、それがあったからこそ、今気づけるってのもあるので、過去の自分をもう否定したりはしないけれど。
ただ、変わらない愛情で私を迎えてくれる人たちも、どんどん年を重ねてるってこと。

 

ばあちゃんは年齢の割にしっかりしているし、元気ではあるけれど、小さい時怪我した私をおぶってくれたばあちゃんからすると、本当にすごく小さな背中になった。

 

元気に「ほにっさ!」って私が言うことに反応してくれた叔父は、病気を抱える不安と戦いながらも、それを私には微塵も感じさせないように、一生懸命話してくれる。

 

前はそういう小さな変化に気づくことが出来なかった。目に入っているのに、気にかけることをしてなかったんだ。
今まで気づけなくて見えてなくてごめんなさい。そして、私を育ててくれて、応援してくれて、支えてくれて、ありがとう。

 

 

この私にとって大切な人たちのために、そしてあなたにとっての大切な人たちのために、その人たちが安心して住んでいける地方を創っていくことが一つの恩返しになるんじゃないかって思っています。

 

大好きな大切な人たちが住んでいる町だから、これから先も次の世代へ繋いでいきたい。気仙沼だけじゃなく、地方の多くの市町村は人口が減っていたり、高齢化が進んでいたり、誰かにとっての大切な地域が問題を抱えています。だから、私にとってあなたにとっての大切な人が住んでいる地域が次の世代に繋がれていくように、私ができることをやっていく。

 

気仙沼市内を見て回った気仙沼ミニ探訪でしたが、気仙沼市内だけではなく、私自身の内面も探訪し気づきが多く得られました。 

もっと頻繁に帰って、喜んでもらえるようにって思ったのと、地元と仙台を繋ぐことが出来ればと思った気仙沼ミニ探訪なのでありました。

 

ご紹介した場所のサイト:

気仙沼海の市シャークミュージアム

気仙沼観光コンベンション協会

気仙沼復興商店街・南町紫市場

co-ba気仙沼Facebookページ

ともしびプロジェクト

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マイベスト起業準備コンサルタント佐藤愛