起業に挫折して引きこもりでも、絶対に諦められない理由【序】

女性がビジネスで失敗する本当の理由
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東日本大震災をきっかけに、営業経験ナシの女システムエンジニアだった私が、10年勤めた会社を辞め、資金人脈実績オールゼロからの起業を決意!

プライベートでは離婚を乗り越え、自分のサービスをお客様へ提供するために活動するも、目標の売上をなかなか上げることが出来ず、活動開始からわずか1年8ヶ月で挫折し、当初の予想をはるか斜め上行く引きこもり生活へ突入。

 

その後、約5ヶ月間、誰とも一切連絡を絶ち、ひとり悶々悩み苦しみながら引きこもり続けた生活から、また前に進んでいこうと一歩踏み出すことが出来たのは、私には絶対に諦めない理由が3つあるからです。

 

ひとつは、ここまで生きてきた中で、たくさんの人から学びをいただき、そして、支えてもらっているからこそ、今の私が存在します。これまで私を支えてきてくれたすべての人たちへの感謝の気持ちを価値に変えて他の人のお役に立てることが、その人たちへの恩返しになること。

 

もうひとつは、個人が能力を最大限に発揮し、仕事を通じて喜びや楽しみ、感謝の気持ちを感じながら、人の人生を豊かにする独自の魅力あるサービスを提供する人たちを、東北から1000人発信していくこと。

 

最後のひとつは、私たちが昔の人たちから受け継いできた大切な地域を、将来の子どもたちへ、より良いカタチで繋いでいくために、東北の地域を活性化していくこと。

 

そんな想いを持っている私ですが、今この瞬間もどんどん成長し続けている途中ですし、この3つを実現するためには、私だけでは力不足な部分も大いにあります。私一人が出来ることに対して、目指しているものはとても大きなチャレンジに見えるかもしれません。

 

ですが、今の私がやることは自分が出来ることを積み重ねていくことです。

 

もし、あなたが、

・仕事を通じて、喜びや楽しみ、感謝の気持ちを持って活動していきたい

・自分の能力を価値に変えて、「あなたに会えて良かった!」とお客様に喜んでもらいたい

・地域や社会に対して、経済的な貢献をしていきたい

と、思っているのなら、私がこれからお伝えするお話が、あなたの具体的な次のアクションを見直すきっかけとしてお役に立てればとても嬉しいです。

 

こんな私ですが、最初からこんな風に考えていたわけではありませんでした。

 

 

安定した生活を捨ててでも、チャレンジするきっかけの出来事

安定した生活を捨ててもチャレンジ

私は大学院修了後、仙台のIT関連企業に入社しました。

 

部署配属後から、システムエンジニアとして、だんだん目の前の仕事だけに追われる生活が始まります。残業や休日出勤することもありますが、お給料・ボーナスを頂ける、安定した生活。

 

しかし、目の前のことに追われるだけの生活に漠然とモヤモヤした不安感を感じるようになりました。

 

「このままただ流されて生活していたら、他では使えない人間になるんじゃないか(汗」

 

この不安感を解消するために、社内で答えを探しましたが見つかりませんでした。

 

そんな時出会ったのが、ITに関わる人向けのコミュニティでした。

 

コミュニティで開催される勉強会やイベントに参加し、様々な人と出会うことで、自分の視野が広がっていくのを感じました。

 

また、社内では導入事例の無かった開発手法・プロジェクトの進め方を学んだことで、それまでの問題を解消することが出来るようになりました。

 

これにより、モヤモヤとした不安感はすーっと消え去り、

 

「このまま順調に進んでいけば、自分が思う通りに仕事を進めていけるかも~♪♪」

 

と、なんとな~く思っていました。

 

しかし、私の生き方を180度大きく変える出来事が起きました。

 

2011年3月11日、東日本大震災です。

 

あの時の私は、ビルの17階にある自席で、これまで生きてきた中で体験したことの無い大きな揺れを感じ、まるでパニック映画のワンシーンのようにビルが折れて死ぬんじゃないかと本気で思いました。

 

それと同時に、私が生まれ育った気仙沼は、間違いなく私が見たことがない大きな津波によって、甚大な被害を受けることを確信しました。

 

「地震が来たら、津波が来るから高台に逃げろ」

 

小さい頃から、みんなそう教えられて育ってきた気仙沼の人たち。だから、絶対みんな助かっているから大丈夫なんだと、自分を信じ込ませることで私は平静を保っていました。

 

しかし、自分の思い込み頼りの希望は、ある一瞬で打ち消されてしまいました。

 

それは、ワンセグの小さな画面に映った、暗闇の中火の海になっている気仙沼の映像でした。

一面の炎の気仙沼

 

この瞬間、私の家族も親戚も友達も、大切な人たちはみんな死んでしまったと思い、今までにない大きなショックを受けました。3年経った今でも、あの記憶は私の心の中に深く残っています。

 

数日後、幸いにも、両親や親戚が無事であることを確認することが出来ました。ただ一人、ママ(伯母)を除いて。

 

地震直後、ママは従姉妹(伯母の娘たち)と連絡を取っていたにも関わらず、自宅近くの瓦礫下から遺体で見つかりました。逃げられたはずなのに、なぜ亡くなってしまったのか。とても悔しい思いだけが残ります。

 

私が気仙沼に帰ったのは、震災から約2ヶ月後のゴールデンウィーク。

 

それまでは、大変な状況になっている気仙沼の現実をきちんと受け止めることが出来ないのではないか?と怖かったこともあり、時間を置いてから帰ることにしたのです。

 

その時、私の目に映った光景は、見慣れた場所のはずなのに、自分が今どこにいるのかわからない、本当に何も無い、いつか映画で見た空襲後の町並みのような風景でした。

 

地盤沈下によって、海水の下に沈んでいる地面。津波の大きさを物語る、高い杉の木の枝に引っかかった、小さなウキ。

 

言葉が何も見つからない。自分の気持ちをなんて表現したらいいのか、自分が何を言いたいのかわからず、口から言葉が何も出てきませんでした。

 

ただ、言葉は出てこなかったけれど、

「今、生きていることは当たり前じゃない。震災前の状態に戻すのではなく、新しい東北を作るために人の役に立ちたい。」と思いました。

 

 

私を大きく変える学びを与えてくれた人たちとの出会い

学びを与えてくれた人たちとの出会い

これまでのシステムエンジニアとしてではなく、他のことで人の役に立ちたいと考えた私は、高額のセミナーに参加しまくりました。そんな中で偶然出逢ったのが、世界No1コーチ ピークパフォーマーのアンソニー・ロビンズのコーチングメソッドでした。

 

このコーチングメソッドにより、ものすごいネガティブで自分への評価もめちゃくちゃ低かった私でさえ、自分自身を認めることができるようになりました。また、目の前の物事への捉え方を自分にとってより良いものとして捉えられるようになりました。

 

コーチング講座へ何度も通ううちに、東北の人たちに「ワクワクいきいき最高の笑顔でいっぱい」になってもらいたいと考えるようになりました。

 

その想いが通じ、東北では開催されていなかったコーチング講座が、2012年1月から仙台でも開催が決定し、ボランティアスタッフとして運営に携わらせてもらえることになりました。

 

そして、本格的に活動をするために、2012年3月で10年勤めた会社を退職しました。

 

しかし、その当時の私は、どのように自分を売っていけばいいのか、どうすれば自分のお客様を見つけられるのか、全然わかっていませんでした。

 

また、最初は勢いのみで行動していた私も、どうすればもっと集客が出来るのか悩むようになり、このままではやっていけないという焦りと不安感に襲われるようになってしまいました。

 

そのため、コーチング講座への集客もすぐに苦しくなっていき、当然のことながら、自分のお客様も見つけられない状態になりました。

 

人のために使えるスキルやノウハウがあっても、自分がやりたいという気持ちだけでは、お客様へサービスを届けることは出来ないということを深く学びました。

 

そんな時、困って途方に暮れている私に、コーチング仲間がビジネスの先生を紹介してくれたのです。

 

お客様に選ばれるには、お客様の究極の痛みを解決し、他の人との明確な違いを生み出すことが必要であること。

ビジネスで一番大切なことは、お客様を創ることであること。

ビジネスで継続的に売り上げていくためには、継承可能なビジネスモデルを作ること。

などなど・・・。

 

これまでの私には無かった、ゼロからビジネスを構築していく術を教えていただきました。

 

そこから、先生の教えを元に、お客様創りに励む毎日が始まります。

 

リアルの活動では、交流会、ランチ会、人の紹介等を通じて、自分のお客様となる人を探します。

しかし、回数を重ねるうちに、出会う人たちは毎回同じ人が多くなり、想いに共感する人に出会うことがありません。

 

また、先生の教えはとても素晴らしいし、絶対に正しい。にも関わらず、思うような成果を出せない自分をとても情けなく思いました。今振り返ると、その頃から私の自己評価はどんどん下がっていく一方だったと思います。

 

必要とするお客様に認知してもらうために、毎日アメブロで情報発信し、約9ヶ月で513記事書きためていましたが、運営側によってさくっと丸ごと削除されてしまったのです。データのバックアップは取ってあったものの、お客様を集める仕組みの入り口部分となる大半を失った私は、また一から作り上げていかなければならない状況になりました。

 

それでも、成果を出せない私を見捨てることなく、一日でも早くビジネスで成果を上げるということを達成してもらいたいという先生のご配慮によって、先生の傍でプロジェクトに携わらせてもらいました。プロジェクトでは、チーム一丸となり、起業家仲間の協力もいただき、3週間で1287件の顧客リストを獲得することが出来ました。

 

この経験を元に、いざ自分でお客様獲得のために活動していく中で、なかなかお客様を集めることが出来ない日々が続きます。

 

「自分が諦めなければ、結果はついてくる。とにかくやらなきゃ。とにかく動かなきゃ。」

 

ビジネスにおいて、成果を出すことが出来なければ、社会的な価値はありません。そのため、私は言いようの無い焦りを感じていました。

 

「このまま成果を出せなければ、自分の夢を諦めなければならないんじゃないか(泣」

 

「いやいや、そんな弱音を吐いている場合じゃない、とにかく行動がすべてなんだ!」

 

今思えば、その時の私はもはや、「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」状態ですよ(笑

 

何かをやればやるほど、どんどん自分が言いようのない何かにがんじがらめになっているような感じがしました。

がんじがらめ状態

 

そして、本来の自分と目の前でやっていることに、見えない大きなズレを感じるようになっていったのです。

 

 

ここまでの経験で気づけたこと

  • 自分で立てた目標達成までのプロセスの中に問題があると思い込んでいたこと。
  • 「原因と結果の法則」の一番最初の原因を自分で作ることが出来ていなかったこと。
  • 自分の感情を受け入れずに、否定し続けたことが、さらに自己評価を下げたこと。

 

他にもありますが、ますます私は自ら踏み入れてはいけない危険な状況へ突入していく「起業に挫折して引きこもりでも、絶対に諦められない理由【破】」へ続きます。

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マイベスト起業準備コンサルタント佐藤愛